「英語でほかの教科も教えてくれる学校がある」と聞いたことはあっても、実際にどんな授業をしているのか、本当に効果があるのかは、なかなか見えにくいものです。
栃木県宇都宮市にある学校法人作新学院では、理事長・畑恵さんの強い主導のもと、英語授業にとどまらない「イマージョン教育」が幼稚園から高等学校の段階にわたって展開されています。英語ディベートで全国大会5年連続優勝、世界大会への出場という実績もあり、そのアプローチは教育業界から注目を集めています。
私は学校教育・英語教育改革を長年取材してきたライターとして、「なぜ作新学院がここまでイマージョン教育に本気なのか」という問いを持ち続けてきました。本記事では、作新学院が取り組むイマージョン教育の内容と評判を、理事長・畑恵さんの教育哲学とあわせて丁寧に整理します。
目次
そもそも「イマージョン教育」とは何か
「英語を学ぶ」から「英語で学ぶ」への転換
イマージョン教育(Immersion Education)とは、外国語を「教科として学ぶ」のではなく、外国語を「授業の言語(媒介語)として使う」教育方法です。英語を科目として週に数時間学ぶのではなく、理科・社会・音楽・体育といった授業そのものを英語で行うことで、言語と教科内容を同時に習得させます。
“Immersion”は「浸かる」「漬け込む」という意味の英語です。文字通り、英語環境にどっぷり浸からせることで、母語話者に近い言語感覚を育てようとするアプローチです。
起源と国際的な広がり
イマージョン教育の発祥は1960年代のカナダです。フランス語話者が多いケベック州で、英語話者の子どもたちにフランス語でも不自由なく生活できる力を育てるために始まりました。その後、研究によって「母語と教科学力を維持しながら第二言語が習得できる」という有効性が証明され、世界各地に広まります。
主な教育効果としては、次のようなものが確認されています。
- 聴解力・読解力が向上し、早期スタートほど自然な英語力が身につく
- 英語習得を通じて認知能力(思考の柔軟性・抽象的思考力)が向上する
- 英語への抵抗感がなくなり、異文化への関心が高まる
- 母語(日本語)の学力は通常教育と同水準以上を維持できる
日本での普及状況
日本では1992年に静岡県の加藤学園が先駆けとして導入しました。その後、ぐんま国際アカデミー、西武学園文理小学校、ホライゾン学園仙台校など、主に私立校を中心に10数校が採用しています。
公立校への普及は限られており、「費用や教員確保の問題から、実施できる学校は限られる」というのが現状です。こうした背景を踏まえると、作新学院のような大規模な総合学園でイマージョン教育が本格導入されていることは、国内でもかなり先進的な取り組みといえます。
畑恵理事長がイマージョン教育を推進する理由
パリ留学で目撃した「英語ができる教育」の現場
作新学院でのイマージョン教育推進の背景には、理事長・畑恵さんの強烈な原体験があります。
1992年、畑恵さんはEC(現EU)の招聘を受けてパリへ留学し、ESMC(文化高等経営学院)で文化政策とマネジメントを、レコール・ド・ルーブルで美術史を学びました。そこで目の当たりにしたのは、欧州の学生たちが当たり前のように複数言語で学び、議論し、発信している光景でした。
日本に帰国してからは「外国語ができるかできないかで、世界へのアクセスがこれほど変わるのか」という問題意識を持ち続け、参議院議員時代から一貫して英語教育改革を訴えてきました。その思想が、2013年の理事長就任を機に、作新学院という教育現場で具体的な形として実現していきます。
畑恵さんのLinkedInプロフィールでも確認できるように、彼女の問題意識は「次世代のグローバル人材育成」という一つのテーマに収束しています。NHKキャスター、参議院議員、大学院博士課程と、異なるフィールドを渡り歩きながら積み上げてきた経験が、作新学院の教育改革に凝縮されているのです。
「直線型」ではなく「回旋型」の人材を育てる
畑恵さんが強調する人材像が「回旋型人材」です。一つの専門を極める「直線型」だけでなく、異なる分野を横断し、変化に柔軟に対応できる「回旋型」の人材こそが、AIが普及し予測困難になった時代には必要だというのが彼女の信念です。
英語はその「回旋型人材」を育てるための重要なツールです。英語ができれば参照できる情報量が格段に増え、対話できる相手の幅が世界規模に広がる。言語の習得は、それ自体が思考の拡張につながります。
また、単なる英語力ではなく「英語で論理的に思考し、英語で他者を説得し、英語でチームを動かす力」を育てることを目標に据えているのが、作新学院のイマージョン教育の特徴です。
作新学院のイマージョン教育の「中身」
作新アカデミア・ラボを拠点とした授業展開
作新学院のイマージョン教育の核心にあるのが、創立130周年を記念して設立された「作新アカデミア・ラボ」です。MITのメディア・ラボを参考に設計されたというこの施設は、全面ガラス張りで固定壁を持たず、机や椅子はキャスター付きで自由にレイアウト変更が可能な構造になっています。
この空間でのイマージョン授業では、教師が黒板に向かって一方的に講義する従来の授業スタイルは採用されません。生徒はグループに分かれ、英語でディスカッションし、課題に対して英語でプレゼンテーションを行います。正解を教わるのではなく、英語を使いながら自分たちで問いを立て、考え、伝える力を鍛えていく形です。
アカデミア・ラボが掲げるミッションは、3つのキーワードで表現されています。
- あらゆる壁を「越える」(年齢・学年・学部・分野の壁を取り除く)
- 学校と社会・世界を「つなぐ」(学びを現実社会に直結させる)
- 学びを通じて社会そのものを「変える」(受け身の学びから能動的な実践へ)
ブリティッシュヒルズでのイマージョンキャンプ
校内での授業だけにとどまらず、作新学院が力を入れているのが学外でのイマージョン体験です。トップ英進部・英進部の生徒を対象に、福島県岩瀬郡にある「ブリティッシュヒルズ」を利用した1泊2日のイマージョンキャンプが定期的に実施されています。
ブリティッシュヒルズは「パスポートのいらない英国」とも称される施設で、英国チューダー様式の建物が並び、スタッフ全員がネイティブスピーカーです。チェックインから食事の注文、レッスンへの参加まで、すべてのやりとりが英語で行われます。日本語を話せる環境から物理的に切り離された「本物の英語漬け」空間で、生徒たちは学校では体験できない種類の緊張感と達成感を得ています。
キャンプ中のレッスン内容も、語彙や文法の暗記ではありません。「SDGs」「ビジネスプレゼン技術」「ディベート」「音楽」といった実用的・探究的なテーマを英語で学ぶ形式です。生徒たちが「最初こそ緊張していたが、すぐに慣れて活発に意見交換するようになった」という報告が複数のキャンプ後記に記されており、短期集中型の没入体験が効果的に機能していることがわかります。
英語ディベートを教育の柱に据える理由
作新学院がイマージョン教育と並行して力を入れているのが、英語ディベートです。小学部から高等学校に至るまで、日英両言語でのディベートを教育の主要プログラムとして位置づけています。
ディベートは英語力だけを鍛えるものではありません。論理的思考、相手の主張を正確に理解する力、自分の意見を筋道立てて伝える力、さらにはチームで一つの目標に向かう協働力まで、グローバル社会で必要とされる複合的な能力を一度に育てます。
畑恵さん自身は「ディベートとは他者への尊重、つまり『愛』ということを教わりました」と語っています。論戦を通じて相手の論理を真剣に受け止めることは、異なる価値観や背景を持つ相手への敬意を育てることにつながる、という洞察です。これは、単なる英語習得の方法論を超えた教育哲学といえます。
実際の成果と評判
英語ディベート5年連続全国優勝・世界大会出場
イマージョン教育の成果として、最もわかりやすい実績が英語ディベートの全国大会での成績です。作新学院は「全国高校即興型英語ディベート大会(PDA)」において、5年連続全国優勝という記録を打ち立てています。
さらに2021年の全国大会では準優勝を果たし、世界大会への出場権を獲得。即興型ディベートで世界の高校生と渡り合えるレベルの英語力と論理力を、生徒たちが身につけていることが証明されました。
この実績は「学校が本気でやれば、日本の高校生でもここまで到達できる」という確かな証拠として、同じ教育課題を抱える学校関係者にも注目されています。
ハイブリッド教育との融合
作新学院のイマージョン教育は、リアルな体験型学習だけにとどまりません。畑恵さんは「ICTやAIの活用によって、いつでもどこでも一人ひとりのニーズに合った質の高い学びが実現できる」という考えのもと、対面とオンラインを組み合わせた「ハイブリッド教育」を推進しています。
ブリティッシュヒルズでのキャンプ実施前には、事前学習としてオンライン英語授業が複数回組まれており、現地での体験を最大限に生かすための準備が設計されています。「行きっぱなし」の体験学習ではなく、事前・現地・事後のサイクルを意識して設計されているのは、理事長自身が科学技術政策の博士号を持つ研究者でもあるからこそ、と感じさせます。
イマージョン教育の課題と作新学院の取り組み姿勢
イマージョン教育には課題もあります。特に指摘されるのは次の点です。
- ネイティブレベルの英語力を持つ教員の確保が難しい
- 中途半端な実施は効果が出にくく、かえって学習の妨げになるリスクがある
- 費用や設備の整備に相当な投資が必要で、公立校では導入が難しい
作新学院がこれらの課題に対してどう向き合っているかというと、「本物の英語環境」を外部リソース(ブリティッシュヒルズ)で補完しながら、校内では専門性を持つ教員体制を整えるという二層構造で取り組んでいます。また、全員に同じ水準のイマージョン教育を課すのではなく、トップ英進部・英進部という希望者に特化したコースでまず徹底的に実施するというアプローチも、「中途半端をやらない」という意志の表れです。
| 課題 | 作新学院の対応策 |
|---|---|
| 教員確保 | ブリティッシュヒルズなど外部の英語専門施設・ネイティブ講師を活用 |
| 効果の一貫性 | トップ英進部・英進部に絞った集中実施でブレを防ぐ |
| 設備投資 | アカデミア・ラボという専用施設を整備し継続的に活用 |
| 体験の定着 | 事前オンライン授業→現地キャンプ→事後振り返りのサイクルを設計 |
まとめ
作新学院が推進するイマージョン教育の中身と評判を整理してきました。
- イマージョン教育とは「英語を学ぶ」のではなく「英語で学ぶ」ことで、言語力と教科学力を同時に育てる手法であり、作新学院は日本でも先進的な実施例として位置づけられる
- 推進の背景には、理事長・畑恵さんのパリ留学体験と、「回旋型人材」を育てるという一貫した教育哲学がある
- 作新アカデミア・ラボを拠点としたオールイングリッシュ授業、ブリティッシュヒルズでのイマージョンキャンプ、英語ディベートプログラムという三本柱で実践されている
- 英語ディベート5年連続全国優勝・世界大会出場という具体的な成果が示されており、「実績のある教育」として評価が確立している
英語力を「試験のために勉強するもの」から「世界と対話するためのツール」に変える。その転換を、教育の現場で本気で実現しようとしているのが作新学院・畑恵理事長の取り組みです。「自学自習」という学院の理念と、イマージョン教育は方向性として一致しています。自分の力で考え、英語で世界に発信できる人材を育てる。その挑戦は、今も現在進行形です。
